古川日出男 近藤恵介 インタビュー

震災時の展示を“覆し”、代官山蔦屋書店でつくられる展覧会とは?

古川日出男 近藤恵介 インタビュー

映画のサウンドトラックのように起伏の激しい音楽が充満するなか、美術作家・近藤恵介のキャンバスの上に小説家・古川日出男が四つん這いになり、息を詰めて方眼紙のような升目を一字一字覆っていく。2012年3月26日から代官山 蔦屋書店で行なわれる『覆東方恐怖譚(ふくとうほうきょうふたん)』展の作品制作現場だ。古川と近藤の共作は展示としては今回で二度目となる。一回目は2011年、東日本大震災の影響で開催が一週間延期して清澄白河にあるギャラリーカウンタックで行なわれた『絵東方恐怖譚』だった。今回の『覆~』は前回の『絵~』を文字通り覆す内容で、地図を片手に会場を周遊しながら作品を鑑賞するのだという。かねてから古川の小説のファンだったという近藤と、4月末に小説『ドッグマザー』の刊行も控えた古川に訊いた。

―はじめに『絵~』から『覆~』に至る経緯を教えていただけますか?

近藤:去年の『絵~』に出品した作品のタイトルが「死ぬ草」「恐怖」といった死を直接連想させるようなものが多かったんです。作品自体は震災の前に制作されていたので仕方が無いとは言え、古川さんがそれにすごく後悔を感じていらしゃって。展示の打ち上げの席で巡回展なり何らかの形で延長ができないかとご提案くださり、そこから今回の展示がスタートしたんです。それで古川さんがその場でタイトル案を書き付けて。『鎮東方恐怖譚』とか『埋東方恐怖譚』とかいくつか案があったんですが、『覆東方恐怖譚』ですねと二人で納得して。

古川: 焼鳥屋だったね(笑)。

近藤:はい(笑)。わりと“覆”という言葉に引っ張られて展覧会はできています。古川さんとしては多分「覆す」という意味が大前提だったと思うんです。“ふく”が古川さんのご出身の福島の“ふく”につながっているとあとあと気付いて。

古川: 前回は(震災の)本当に大変な時期だったけど展覧会をやると決めた時から「これは生産的な活動でなければならない」と自分の中にインストールされたというか。そこから続いていると思うんですよ。ただ、今回の展示に震災の意味はそんなにない。自然に滲んでしまっているだけです。この日本に生きていたら誰でも滲むものだから。

近藤:あくまで震災を覆すというよりは『絵~』を覆す。

古川: 震災が起こる前につくっていた『絵~』は僕の中では攻めている姿勢がすごく強かったけど、震災が起きたら自分が世界に向かって攻めていきたい気持ちはまったくなくなってしまって。むしろもっと“なでる”気持ちとか“慈しむ”気持ちでどうやっていくかを考えていましたね。

近藤:今回は僕がつくった絵や画面のアイデアに対して古川さんがアジャストしてきてくださった印象が強いんです。だから“攻める”というより“包む”みたいな感じですね。

古川: うん、“包む”だね。

近藤: 今日(の作品制作)もそんな感じがします。今日はついに僕の絵の上に乗ったっていう(笑)。

―物理的にも乗りましたね(笑)。

古川: (乗ると)筋肉ツライんだよ(笑)。

近藤: 足伸ばしていましたよね(笑)。

古川: 去年の終わりぐらいに近藤さんが“覆”を「おおう」って読んだ時に、“覆す”は前回をすべて否定するように思ったけど、“覆う”だと前回があるから発展できるという意味ですごくポジティブになったと思う。それがすごく良くて。

近藤: 古川さんが出した瞬発的な言葉が実はすごく豊かな言葉で。西洋絵画史的に“覆う”=“オールオーバー”という言葉は用語としてあるんです。僕の作品は絵画史を俯瞰してつくったものでもあるし、言葉の豊かさに包まれて、というか、言葉とちゃんと繋がって進んでいくんだとすごく実感しました。


作品制作中の古川

―オールオーバーの代表的作家でもあるジャクソン・ポロックは絵具でキャンバスの平面空間を覆ったわけですが、近藤さんの作品は2008年のオペラシティアートギャラリーの展示と比べて、確かにキャンバスをかなりびっしりと埋め尽くしていますね。古川さんの“覆う”イメージはどのようなものですか?

古川: “瓦礫で復興する”みたいなことじゃないですか。新しいものを持ってきて復興とするのはおかしい。崩れてしまったそれらの記憶をはらんでいるもので、何か新しく、やさしく。

―前回の『絵~』は砂漠の地中に埋もれた謎の美術館らしきものを発見するのが物語の大きな筋でした。言わば砂で覆われていたわけですが、ただ、その発見される際のレイヤーが何層にもなっていて、まるで自分達がつくったものを誰かに発見されたい欲求があるように思えたんです。歴史化されたいというか。

古川: やっぱり、ゼロからは何も生まれない。「自分がゼロからオリジナルのものをつくれる」なんて本当に暴力的で攻撃的だと思うんです。音楽はサンプリング文化のようにもっと早くからそれを言ってきたじゃないですか。表現者として元気良く「オリジナルつくるぜ!!」という意識で攻めるのは分かるけど(笑)、そうじゃなく、いままで自分の体の中に記憶として残ったものを素材として、出来る限りやっていきたい。それは結局歴史に接続して残るという意味でもあると思うし、そこに素直に近づいていく気がします。

―今日制作していた作品の文章の中には「げに」や「宜なるかな」といった文語調の言葉が出てきましたね。

古川: 日本画や日本文化に対して、「いま僕らからどうレスポンスするか」という気持ちが強いんです。今日だって「室町時代の五山のお坊さんと張り合える文章をつくれるのか」と言われたら、つくるしかない(注:この日制作していた作品『いわんやアーカイヴをや』は室町時代の詩面軸『瓢鮎図(ひょうねんず)』のフォーマットを参照している)。言葉ひとつで(先人たちと)同じ密度や重みをどう出していくか。パクリとかそういうことではなく、同じ次元で、ということが今回の課題としてすごく出てきた気がする。

近藤: 前回僕は古川さんとは全然違うテーマを持っていて、それを『絵因果経』(注:天平時代に制作された日本最古の絵巻物。上半分に絵、下半分に物語、というフォーマットを持ち、『絵~』はこの形に沿ってつくられた)のフォーマットにある種強引に放り込んだんです。そもそも絵画史的な文脈を呼び出して、いま作品をつくる、ということがスタートだったんです。前回のテーマともしっかり地続きではあると思うんですが、今回はそれをもう一度構築し直す。

―近藤さんの作品は絵画史の召喚でありながらモチーフやイメージをサンプリングして構成していますよね。そこにリミックスが施され、さらに鑑賞者が再解釈し、解釈が二重三重に上書きされていく。

近藤: 展示場所の蔦屋書店は、迷宮みたいな空間に古書から最新の本まで大量のアーカイブがある。そこで展示するにあたって、古書からいまここでつくられている作品までをつなげて積み上げていくことしか頭になかったんです。

―公開制作のライブ感もお二人の特徴だと思います。今回もやられるそうですね。

古川: 一回目の展覧会が展示の準備に入っている段階で世の中が大きく変わっちゃって、「つくり手というものはこれほど変わってしまうのか」と思ったんです。それを随時作品に落とし込んでいった方がいいと思う。(会期中に)年度が変わってフレッシュマンたちが上京して蔦屋書店に来て、その人たちの目にさらされて、年をとった絵というか、みんなに見られることでちょっと時間を経てしまった絵を自分達も見ながら、どうするか。期間中にまた何かを刻印していくことが必要なような気がして。われわれはそうしないと、昔みたいにものをつくることができなくなっているような気がするんです。

―恵比寿MA2 Galleryでの展示は蔦屋書店の関連展になるそうですね。

近藤: 『東方恐怖譚』とはまったく別の企画で、絵画をメインテーマに据えてつくる展覧会です。『絵~』で出展した8点もまったく違った見え方で展示しようと思っています。MA2 Galleryは蔦屋書店と近いんですよ。春なら歩いてもいける。作品を巡って蔦屋書店の中でも周遊するし街も周遊できる。それって豊かなことですよね。作品を見るために体を動かして、その体験自体も込みで作品を観るということなのだと思います。

―東京のいい散歩コースになりそうですね。


「鴉、テレヴィ、犬」2012 岩絵具、水干、膠、墨、鳥の子紙、ペン / 53.0×265cm
絵・近藤恵介 文字・古川日出男

『覆東方恐怖譚 古川日出男 | 近藤恵介』展
期間:2012年3月26日(月)~ 4月22日(日)
会場:代官山 蔦屋書店
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『絵画のなかで/へ』展
期間:2012年4月8日(日)まで
会場:MA2 ギャラリー
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インタビュー 岡澤浩太郎
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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