インタビュー:スプツニ子!

『ウゴウゴルーガ』の衝撃、そしてYouTubeからMoMAへ

インタビュー:スプツニ子!

現代アーティスト、スプツニ子!。ロンドンでコンピュータサイエンスを学び、音楽、そして現代アートへと活動の領域を広げ、1年ほど前にその拠点を東京へと移した。YouTubeで作品を“展示”し続けた彼女は、ついにニューヨーク近代美術館(MoMA)でも展示を行うほどに。そんな彼女に、日本のポップカルチャー、自身の作品、東京の文化について話を訊いた。

プログラマーから、音楽、そしてアートへ

― そもそも、コンピュータサイエンスを勉強して、プログラマーとして仕事をしていたそうですね。

スプツニ子!: はい、20歳の時にインペリアル・カレッジ・ロンドンという大学を卒業しました。でも、すぐ就職するのもバカらしいと思って。なんのために飛び級したんだろうって。研究もしっくりこなかったので、プログラマーになって半年お金を稼いで、あとの半年は好きなことをやろうと思って。

― イギリスではプログラマーの報酬が高いそうですが、日本とはどれくらい差があるんですか。

スプツニ子!: フリーランスがプロとしてリスペクトされているんですよ。私はアクションスクリプトプログラミングで、平均的な日給が300ポンド(2012年2月現在、3万6000円ほど)だったんです。当時は7万5000円ぐらいだったかな。しかも、日本の仕事だと“締め切り命”なんだけど、向こうでは納期に間に合わないのは、スケジュール配分が悪いプロデューサーのせい。延長したらその分、日給がもらえるんですよ。私は早く終わらせてしまうので、その分、儲からないんですけど(笑)。

― 英語圏だから、日本と比べてマーケットが広いんでしょうね。

スプツニ子!: そう、でもそのわりにプログラマーが少ない。今もアーティストとして行き詰ったらプログラマーに戻ろうかなって(笑)。だから忘れないようにたまにコードを書いてます。

― 半年間のプログラマー生活を終えたあとは何を?

スプツニ子!: 半年働いたあとは、たくさんライブをするようになって。それが楽しくて、「これをちゃんとアカデミックに突き詰めたい」と思うようになりました。それで、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)の大学院を受験して、卒業したのが2010年。いま出てるような作品は、そこの卒業制作が多いんです(笑)。

― プログラマーからアーティストに切り替わった瞬間、というのはあるんでしょうか。

スプツニ子!: そこは曖昧なんです。理系の大学に行っていたけどカルチャーが好きで、ライブ、アートと色々行ってました。理系ばっかりになると“専門バカ”になってしまうので、文系の科目もとらないといけないんです。それで、音楽を聴くのが好きだったので、授業をとりました。作ったことも演奏したこともなかったんだけど、やってみたら意外と曲は書けて。とはいえすごい下手なんですけど(笑)。でも先生にも友達にも気に入ってもらえたんですよね。

― 大学について、ちょっとお聞きしたいんですが。大学教授が若い人のアイデアに耳を傾ける、というのは本当なんですか?日本だと、権威の順番待ちをしているような、横柄な人物も少なくないという話も聞くんですが(笑)。

スプツニ子!: アメリカは分からないんですけど、イギリスはそういうことはないですね。たぶん、年功序列がないから。能力主義だと、教授も能力がないとすぐクビにされてしまうんですよ。だからロイヤル・カレッジ・オブ・アートの教授は能力がたりないと、学生たちが「こんなにダメな教授に教えられたくない」ってクーデターを起こして(笑)。クビになるんですよ。その教授の部下の先生達も全部解雇になって一新された。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートって世界最高峰の美術大学院だから、最高峰であるためには最高峰の教授を揃えなくてはいけない。時代遅れの先生が居座り続けたら、あっという間に“最高”から転落するので、学生だけじゃなく、全員が優秀じゃなきゃいけないんです。先生達の新陳代謝もすごく早くて、長く居座り続ける人はめったにいないですね。

先生も、最先端のことをやりたいわけで、学生達は若くて“いま”をよく知ってるじゃないですか。知識や経験が浅くても“いま”に一番敏感なのが学生達。そして頭も柔軟だから、そんな学生達の意見にはよく耳を傾けるんです。先生たちは歴史を知ってるけど、学生は“いま”を知ってる。だからお互いにフィードバックがある。だっていま起きてることを50代の教授が、正確に、そしてクールにアートでやれるかっていうと、クエスチョンマークですよね。“いま”起きてることを正確に捉えられるのは、当然、20代の子たちだということを、“大人”もよく分かってるんですよ。とくにITとかメディアなんて、若い人にとってはよく親しんだ遊び道具ですからね。

カラスボット☆ジェニー


キャラクターは未来の可能性のひとつ

― 「カラスボット☆ジェニー」は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)でも展示されましたが、当初はカラスを呼ぶような作品を予定していたんですよね?

スプツニ子!: カラスがカラスを呼ぶ声っていうのは、“死にそうなとき”とか“ケンカに負けて助けを呼ぶとき”、ほかにも“求愛”とか“おなかがすいた”とか“ここは危ないから逃げろ”とか、色々あるんです。そういう色んな声を科学者からもらったので、“呼ぶ”だけじゃもったいないと思って。もう少し、インタラクション、コミュニケーションを大切にした作品にしようと思うようになりました。

― 作品の時代設定は、現代ですか?

スプツニ子!: そうですね。現代です。

― 例えば、そのジェニーなんですが、ああいったキャラクターは、自身がこのまま理系で進んだとしたらという、未来の可能性のひとつだったんでしょうか。

スプツニ子!: キャラクターは、理系のスキルをいかして、エキストリームに“行ってしまった”ケースですよね。「寿司ボーグ☆ユカリ」のユカリも、「生理マシーン、タカシの場合。」のタカシ君も、ジェニーちゃんも。確かに可能性を表してもいます。こんなことになってしまうかも、みたいな。

― では巨大なモニター群を前に、デバイス?コスチューム?を使ってコンピュータを操作するジェニーは自身に近い存在?

スプツニ子!: そうですね、たぶんジェニーが一番自分に近いですね。理系で、ちょっと変わってて苦労するみたいな感じが。私あんまり“リア充”じゃなかったので(笑)。高校を卒業して大学に入っても、東工大みたいな超理系だったから、リア充とは何かというのが分からないままで。そこで、コンピュータラボでね、ヒゲモジャの男の子たちと一緒にプログラムを書いてる。イギリスのコンピュータサイエンス学部って、絶対にみんなヒゲモジャになるんですよ(笑)。剃らなくなるし、髪も切らないし、メガネだし、なんかすごい…何かの宗教の達観したような人たちがいっぱいいて、すごい光景だ…と思いながらプログラムを書いてました。そういう環境があったので、ジェニーは私とリンクしてる。その場所から外へと、外に出てコミュニケーションしたい、って。

― イギリスにも、いわゆる“オタク”達と“リア充”達の壁はあるんですか(笑)。

スプツニ子!: おそらく、アメリカほどじゃないですけど…いえありますね。あるな。Facebookが、あれが諸悪の根源で(笑)。あれのせいで目に入ってくるんですよ。例えば、高校時代はアメリカンスクールだったから、チアリーダーとアメフト選手の牛耳る社会で、そんな中、私はコンピュータ部に入ってたんだけど。それでまぁ大学に入って一転、理系のギーク大学の数少ない女子として、その場ではリア充っぽく見られてたんですけど(笑)。でも卒業すると、私みたいな環境だと、みんなこぞってエリートの、外資系の金融に就職するんですよ。本当に、ほぼ全員が。みんなJPモルガンとかゴールドマンサックスとかにいて、それが普通。当時はあんまり気付かなかったんですけど、今になってFacebookでみてると、だんだん使う金額の幅が、あれ?って疑問に思うように。「みんなどうしたの?また六本木で遊ぶの?またこんな車買うの!」みたいな。でも不思議と、彼らからすると私のほうがリア充に見えるみたいですけどね。

― ソーシャルなものをテーマにすることが多い印象を受けるんですが、自分が好きなものを取り上げているのでしょうか。例えば、「グーグルのうた」や「ミクシィのうた」はあるんですが、「郵便ポストのうた」とかは作らないんですか?

スプツニ子!: そうですね(笑)。曲は自分に身近なものをテーマにしただけなんですよ。TwitterやYouTubeを使うのだって、それが身近なツールだったから。だって、理系でギークだから、曲を書けって言われてもラブソングなんか書けないし。そういう経験もそんなにないので。ある経験といえば、イケメンの先生の名前をGoogleで検索したとか、そういうの。実体験に基づいてるから、西野カナみたいな曲は書けないんですよ。別に会いたくて震えたこともなかったし(笑)。YouTubeで作品を“展示”したのも、誰も知らない人に個展なんてさせてくれないからアップしたんです。東京都現代美術館での展覧会なんて、学校以外では初めてになるんですよ。普通はもうちょっと地道にいくと思うんですけどね。

生理マシーン、タカシの場合。


日本のポピュラーカルチャー、そして“女の子”

― 日本のポップカルチャーで影響を受けた、面白かった、そういったものは何かありますか。

スプツニ子!: それはもう、『ウゴウゴルーガ』ですね。衝撃でした。私が6歳ぐらいの時に始まったんですけど、予告編を見ただけで、「これはすごい子ども番組が始まる…」と思って。放送初日は友達の家に“お泊り”に行ってたんですけど、朝6時でみんな寝静まってるのに、リビングに行って勝手にテレビつけて番組を見ましたね、正座で(笑)。コンピュータグラフィックスもショックだったし、シュールなユーモアもショックだったし。当時、親のコンピュータでお絵かきをしていたんですよ、クラリスワークスとかで。だから3Dも衝撃でしたね。

日本のカルチャーの好きなところなんですが、イギリスやアメリカほどのハイアートの文化はないんだけど、ポピュラーカルチャーがそれを包括してるというか。下世話なものから、わりとハイエンドなインテレクチュアルなものまで、ポップカルチャーのなかにちょっと入ってる。サブカルチャーも凄いし。それがとても面白いなと思っていて。私のような活動をイギリスとかアメリカで続けてハイアートの分野にとどまるのは、もったいないかなと。私の作品は、人の意識に挑戦したりするものだから、小さいホワイトキューブの中で“生理の作品”を発表しても、見る人はだいぶ限られてしまう。もっと一般の、アートにかかわりのない人たちにも見て感じてほしかったんですよね。

― 今、日本ではアイドルブームのようなものがありますが、その“現象”についてはどのように見ているんでしょうか。

スプツニ子!: AKB48の総選挙とかですか?あんまり~、よくは捉えられないんですけど(笑)。それがビジネスとして回るから仕方ない現象ですけどね。だってメディアに出ているようなアイドルって、“女性”とは違うものじゃないですか。男性に媚びるように設定されていて、「どれぐらい媚びれたか選手権」を繰り広げてるような感じで。10代の女の子が頑張ってるのはいいと思うんだけど、「それが私の生きる道」って女の子たちが思ってしまうのはどうかなと。まだ子どもなんですよ。人生80年あるのに、それが終わったら女性は用なしですか、って思いますよ。

― 日本の女の子の置かれた状況についても、危惧しているとのことですが。

スプツニ子!: 日本てまだまだ、女性の社会進出がすすんでないですよね。女は結婚して子どもを生み、家庭を守るものだ、という概念が、ほかの先進国より強かったりする。女の子だってせっかく同じように勉強してきて、夢だってあるのに、20代後半になると「いつ結婚するの?」とか言われはじめる。人生これからなのに。ロールモデルも少ないんですよね。アメリカにはそういう女性のアーティスト、ミランダ・ジュライとか、ローリー・アンダーソンとかいるんだけど、日本の女性アーティストは、そういう立ち位置の方はまだ少ないかなと。森万里子さんとかオノ・ヨーコさんとか、草間彌生さんみたいな大活躍している女性アーティストもいるけど、あんまり一般の方とつながってるイメージはないし(笑)。

― そんな彼女達にもメッセージを届けたかった?

スプツニ子!: そうです。だからいま女子大生のファンが増えていて、そういうのは素直に嬉しいですね。みんなに勇気を与えられたら嬉しいわ、感無量だわって(笑)。

ロンドンから東京へ

― 日本にきて1年ということですが、ロンドンと、他都市と、東京の違いというのはどこにあるんでしょう。

スプツニ子!: とにかく、娯楽に溢れている。そして食べ物がめちゃくちゃ美味しい。そのあたりの店にサッと入れば、だいたい美味しいし、しかも安い。あとスーパー銭湯には感動したんですけど、あのレベルのエンターテインメントが700円なんて、ほかにはないです。それとラーメン、最近まであまり食べたことがなかったんだけど、二郎系とか「うま!」って(笑)。

― あの量を食べきれるんですか!

スプツニ子!: 私すごい大食いなんで食べられるんです(笑)。あとドン・キホーテの、モノがずらっと並んでる感じの高揚感とか。東京、楽しいですよ。テーマパークみたいで。夜中になってもずっとお店が開いてるし。

― では嫌なところというか、気になる点は?

スプツニ子!: レールに乗っていれば幸せな街なのかな、って思うんですよ。だってロンドンと比べて基本的な生活水準が高く見えるんだもの。ロンドンなんて貧しかったらひどい生活なんだけど、東京は貧しくてもそれなりにやることがあるんですよ。震災後は色々と変わってしまったけど、それでもロンドンより人々は割とハッピーで、格差も少なく治安もいい。ただアーティストや起業したい人とか、“自分で何かをやる人”は生き辛いかなとは思います。社会のシステムが、銀行から融資を受けにくいとか、投資家からお金を集めにくいとか、アーティストにお金が払われにくいとか、フリーランスの職業に冷たい。転職を歓迎しない、新卒ばかり採用するとか、そういうところが見えてきましたね。





イベント情報

スプツニ子!は、2月15日(水)に開催される、次代を牽引するカルチャー・リーダーシップを考える「CULTURAL LEADERSHIP MEETING(カルチャー・リーダーシップ・ミーティング)」にパネリストとして参加を予定している。


スプツニ子! プロフィール
共に数学者である英国人の母と日本人の父の間に生まれ、自身も飛び級でロンドン大学インペリアルカレッジ数学部に入学。その後ひとつの筋道から論理の証明を行なう理系の思想とは異なり、自由で多様なアプローチが可能なアートの領域に魅力を感じ、ロイヤル・カレッジ・オブ・アート大学院に進学。在学中に発表した原田セザール実との共同プロジェクト「Open_Sailing」がメディア・アートの世界的祭典アルス・エレクトロニカで[the next idea]を受賞。その他にもテクノロジーやフェミニズム、ポップカルチャーをテーマとする映像、デバイス、音楽作品を制作。それらの作品は各専門家との入念な調査・検証を行いながら制作されており、テクノロジーによって変化していく人間の在り方や社会を反映させた、社会批評的な作品が中心となっている。展覧会に、「東京アートミーティング トランスフォーメーション」(東京都現代美術館,2011)、「Talk to Me」(ニューヨーク近代美術館,2011)など。

Twitter:twitter.com/5putniko
ウェブ:www.sputniko.com/

インタビュー Takeshi Tojo
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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