ハービー山口のシャッターチャンス

「恋をするより、一枚でも多くシャッターをきることを第一義とした」

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ハービー山口のシャッターチャンス

写真家、ハービー山口の写真展『二十歳の憧憬』が、品川のキヤノンギャラリーSにて開催中だ。1969年から1973年にかけて、20代だった山口が撮影した、未発表のモノクロ作品約70点が展示されている。40年前の写真を、なぜ山口は今になって発表したのか、話を聞いた。

40年前に撮った写真を展示しようと思われたのはどうしてですか?

ハービー:すごいでしょう、40年前。あなたがまだ生まれる前ですよ(笑)。まず、僕が大学生から22、23歳くらいの時に撮っていた写真のネガが400本、家内の実家の倉庫から、泉屋のクッキーのブリキの箱に入ったまま、ほぼ無傷で出てきたことがきっかけです。僕がロンドンに行く前ですから、素人の時ですし、大した写真はないだろうと思っていたのですが、僕の写真の原点となった写真もその中にありました。ある日、バレーボールをしていた女の子の写真を撮っていた時に、そのボールが僕に当たりそうになったんです。女の子が、ボールに当たらないで欲しい、もし痛かったらごめんなさい、ってすごく優しい目をしてくれて、その時、この優しい目を、僕は世界を旅して撮りに行こう、って思いました。それが僕の写真の原点。

写真をプリントしてみて、原点そのものでしたか?美化していたような部分はありませんでしたか?

ハービー:ずっと、心の中で思い続けてきた通りの、なかなか良い写真でした。バレーボールの女の子の写真もあったし、学生運動、それから、日本に返還される前の沖縄の写真もありました。しかも、今僕が撮る写真と、全く視点が変わっていなかったんです。人間のポジティブな一瞬をとらえようとしている。

僕はね、少年時代、カリウスという病気にかかって、ずっとコルセットをして過ごしました。体育の授業にも出られない、孤独で希望がない少年でした。そんな僕に、18歳くらいにやっと春がきて、病気がなおったんですよ。大学生になって、おそるおそるカメラを持って街に飛び出たら、僕の目に飛び込んで来たのは、全てが素晴らしくて、輝かしいものだった。少年も少女もデモ隊も、孫を抱いたおばあちゃんも、皆輝いて見えた。そういう輝きを、すごくストレートに、何の技巧も使わず、邪念なしに撮っていた。それが、すごく清々しいと思うんですよね。それをぜひ、発表しようと思いました。

ハービーさんの写真はずっとモノクロで、ノートリミングの写真なのですね。

ハービー:スタイルが変わってないというのも、ひとつの写真家のカタチなんですよね。一作一作スタイルを変える人もいるけど、だけど、40年経ってもスタイルが変わらないのも、生きる道ですよね。流行があって、写真も音楽も、表現が変わっていく。でも、全然変わらない一環したものもあることを立証したい。

この間、写真をやっている学生さんに会ったら、最近は抽象表現が受けてるから、卒業制作では皆、抽象的な写真を撮ろうとしている、って言うんです。本当に自分の作りたいもの、心から欲しているものは置いておいて、まず評論家に受けようとしている。そこから作家としての道が開けると思って、自分の心の声は無視している。これは、すごく本末転倒なこと。本来はまず、自分の心がある。それが時代にあえば盛り上がる。もしあわなかったら、自分が中心になるように頑張っていけば良い。流行を追いかけるのが、アーティストの正しい道ではないんですよ。流行を自分で作るくらいの気持ちでなきゃいけない。そういうことも、若い人には伝えたいと思っています。

今回の写真展は、70年代を懐かしむ人にも見て欲しい。そして、確かに、特に新しい表現方法はないけど、魂のこもった作品を作る道を、若い人たちにも知って欲しいと思います。

最近撮った人物で、印象に残っているのは誰ですか?

ハービー:やなせたかしさんです。アンパンマンの作者ですね。あの、歌があるでしょう。「今を生きる ことで 熱い こころ 燃える だから 君は いくんだ ほほえんで」って。それからこう続くんですよ。「そうだ おそれないで みんなのために 愛と 勇気だけが ともだちさ」。やなせさんが、この曲は、特攻隊の歌だと教えてくれました。弟さんが、特攻隊で、亡くなられたんだそうです。子どもたちがニコニコ歌っているけど、深いなぁ、って泣けてきました。写真にもね、そういう深さが必要なんです。今は、押せば誰でも撮れるけど、僕は、1枚1枚にストーリーを込めたいと思っています。

では、写真を撮りたくなるのは、どんな時ですか?

ハービー:その対象の輝きに、僕が感動する時。でも、いつ、シャッターチャンスがあるかわからない。地震の被災地で懸命に生きる人だったり、現像屋さんのあるビルで、おばあちゃんが階段を上っている時だったり。インパクトのある表情があるんですよね。

『HOPE』っていう僕が去年出した写真集があって、小学生が集団登校している写真があるんです。その写真はね、ただのスナップに見えるかもしれないけど、僕の子どもが集団登校するのを、6年間毎日カメラを持って見送りに行って、6年でたった1回、ベストチャンスがあって撮った写真なの。たった1枚撮るのに、6年間かかってるの。偶然がもたらしたシャッターチャンスだし、6年間毎日通ってシャッターチャンスを狙った地道なエネルギーでもあるんだよね。いつ、また偶然会えるかわからないから、それがどんな場所であっても、どんな時であっても、僕は感動のままに撮るんです。

被写体のあり方に、40年前と今で差はありますか?

ハービー:40年の間に、人々が知らず知らずのうちに、人を信じる心や、人を大切にする優しい気持ちを失ってしまった。昔は自由に撮れたけど、今はやはり、写真が撮りにくくなった。若い頃は、無断で女子校に行って撮った写真とかもあるんですよ。人間を信じる心の広さがあったから、写真を悪いことに利用するなんて思わない。今だったら、訴えられちゃうかもしれないけど、当時はね、「あの人タイプ……」なんて言われたりもしていたんですよ(笑)。

もてたんですね(笑)。

ハービー:今もオシャレには気を遣っていますよ!ヘアカットは、代官山の『ボーイ』。僕がロンドンで写真を撮っていた頃に出会った友人ですから、いつでも紹介しますよ(笑)。

ハービー山口写真展『1970年、二十歳の憧憬』の詳しい情報はこちら


テキスト 東谷彰子
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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