時空を超える15

東京の支線 基礎知識 第2回

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時空を超える15分

東京近郊の支線を訪ねる東京の支線 基礎知識、第1回に続く今回は、過去・現在・未来を超越する風景が続く路線に乗る。

京浜東北線の鶴見駅から出ている鶴見線は、横浜市の東端部から川崎市にかけて海沿いを走る路線だ。鶴見から扇町間の本線と、大川支線、海芝浦支線で構成される。路線図を見ると、アルファベットの“F”の文字を右に倒し、さらに下向きの棒をひとつ加えたイメージ。短い路線にもかかわらず2本の支線がある特異な路線だ。鶴見線はすべての電車が3両編成と短め。起点となる鶴見駅のホームは京浜東北線より一段高いところにあり、行き止まり式の立派なものだ。

もともと国鉄ではなく私鉄『鶴見臨港鉄道』として、工場で働く人たちや物資を運んでいたため、同じ駅でもホームは微妙に離れたところにある。大正末期に埋め立てられたこのエリアには、鉄鋼、機械、食品などの国内大手メーカーの工場が次々に建設された。第二次世界大戦中に国が私鉄を買収する政策が実行され、鶴見線も国鉄、今のJRの一路線となったが、工場に通う人々を乗せて走るという使命は変わっていない。

『鶴見』を出ると京浜東北線、横須賀線、東海道線、京浜急行と10本以上の線路を高架で越え、最初の停車駅『国道』につく。やや殺風景な駅名なのは、その名の通り国道1号線をまたぐ場所にあるからだ。しかし駅の中は趣深い。

高架の下は昭和初期のコンクリート作りで、大きな曲線を描く通路兼、商店街になっている。“街”といっても、現在では焼鳥店などの小さな店が、ほんの数軒しか営業していない。しかし、戦前のコンクリートの建物が醸すその独特の雰囲気は、映画やグラビアなどのロケ地としてもしばしば登場する。

急カーブの国道駅を出ると地上に降りて『鶴見小野』駅に。古い住宅街の小さな駅だが、大学が近いため朝夕はにぎわう。国道15号をくぐると一気に風景が変わる。工場地帯に入るのだ。左カーブをまわって着く『弁天橋』駅は、鶴見線に使う電車の車庫があり、貨車も止められるように駅の構内はやや広い。ここからは、ひたすら工場群の中を分け入って進んでいく。

2分ほどで、鶴見臨港鉄道を作った浅野家の名前がつけられている『浅野』駅に。鶴見線はもともと住所のない埋立地に作られたため、会社やそれにちなんだ人名が駅名になっているものも多い。ここはあとで詳しく触れる『海芝浦支線』への分岐駅でもある。

小さな運河を越えてすぐの『安善』駅も人にちなんだ駅名。鶴見臨港鉄道を支援した安田財閥の安田善次郎の姓名から一文字ずつとられた。安善を出ると横浜市鶴見区から川崎市川崎区に入る。いずれにしても左右に工場の風景が続くことは変わらない。川崎市最初の駅が『武蔵白石』。

ここから、もうひとつの支線“大川支線”が分岐する。以前の大川支線は、支線へのカーブが急なために現代の電車だと入ることができず、戦前の古い電車が1駅間だけ行き来していることで、ファンの間では有名だった。今はカーブも改良され、鶴見駅から直通の電車が乗り入れている。鶴見線“本線”にもどり、武蔵白石を出て左カーブを進むと『浜川崎』、右側にはJFEスチールの巨大な工場が何棟も並ぶ。再び海寄りに進路をとり右カーブを進めば『昭和』駅。そして“本線”終点の『扇町』駅となる。鶴見駅から7キロ15分ほどの旅は、工場の中を分け入りながら進み、最後は工場に“通せんぼ”されるかのように唐突に終わる。日本最大級の産業地区、京浜工業地帯の中心地を貫く異色の路線だ。

オススメは『海芝浦支線』

鶴見線本線自体は工場街をひたすら進んでいくため、新鮮ではあるが変化に富んだものではない。しかし2本ある支線のうち、海芝浦支線は乗る価値があるだろう。『鶴見』から『浅野』までは本線を走り、そこからレールを軋ませ急な右カーブを進む。するといきなり左側に水の風景、運河が近づいてくる。小さな貨物船やはしけ、釣り船が係留され「かもめに注意」というような看板もある。

右側は東芝の大きな工場の『新芝浦』駅。左は運河、右は東芝の工場という車窓はそのまま続き、終点の『海芝浦』駅へ。名前の通りホームのすぐ下は海。日本で一番海に近い駅ともいわれ、各地から鉄道ファンが撮影に来る。そのため、もともと東芝の社員しか駅から出ることが出られなかったのが、ちょっとした公園スペースが設けられ、一般客も駅を出てくつろぐことができるようになった。目の前には工場群、首都高速湾岸線の鶴見つばさ橋、そして横浜ベイブリッジと、ダイナミックな風景が広がる。

京浜工業地帯の工場群の存在感は圧倒的で、夜のライトアップは近未来的な雰囲気に満ち溢れており、映画『ブレイド・ランナー』のリドリー・スコット監督はこの風景を同作のモチーフにしたというほど。下町、工場地区、そして海という変化を15分足らずで味わえる鶴見線の海芝浦支線だが、注意がひとつ。工場への通勤をメインにした路線のために運転本数が少ないのだ。日中は2時間に1本になる時間帯もある。運転時間さえチェックしておけば、独特の味わいを都心から往復2時間で経験できる。

テキスト 西澤史朗
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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