東京の支線 基礎知識

東京の春は、情緒あふれる鉄道の旅

東京の支線  基礎知識

鉄道路線は、大きく2つに分けて“本線”と“支線”がある。たとえるなら、幹と枝の関係だ。幹である本線には特急や急行が行きかうが、支線は路線が短く行き止まりで、走るのも普通列車ばかりというところが多い。地方で出会うと情緒を感じさせるものだが、東京にもそんな路線はいくつかある。日常から30分も足を伸ばせば体験できる、独特の雰囲気を楽しんでみよう。

東武亀戸線

国内ではJRを除くと近鉄の次に長い東武鉄道。浅草から出ている伊勢崎線は全長110キロを超える立派な本線で、ターミナルとなる浅草では発着する列車が踵を返す。小旅行を楽しむため、特急の発車を待つ旅行客も多い。そんな浅草から2駅5分、『曳船(ひきふね)』駅が亀戸線のスタートとなる。全長3.4キロ、5駅の路線だ。すぐ近くには隅田川が流れ、春には花見の客で賑わう。桜餅発祥の地と言われる長命寺も近く、高架ホームのすぐ隣は下町ムードがいっぱいだ。ただしこのムードも徐々に変わっていってしまうかもしれない。

南側を見ると大きなタワーが空を目指して伸び続けている。完成時の高さは634メートル、2012年春に開業を予定している東京スカイツリーだ。現在300メートルで東京タワーとほぼ同じ高さにまでなったが、まだ到達点ははるか上、今後は周辺の再開発も予定されている。古きよき町並みを目に焼き付ける最後のチャンスといえよう。亀戸線を走っているのは、わずか2両編成でワンマン運転の普通列車のみ。高架の曳船駅をタワーに向かって滑り降りると、線路は西へ大きくカーブを描き、町並みに足を踏み入れる。およそ2分で最初の停車駅『小村井(おむらい)』だ。ほど近くには化粧品、トイレタリー製品の大手、花王の事業所がある関係で、朝夕は通勤客でにぎわう。続いて600メートルほど走ると『東あずま(ひがしあずま)』。こちらも住宅地や町工場といった下町風情が漂う。墨田区はライオン、花王といった石鹸、化粧品の本社や工場が多く、沿線にもそうした製品の広告がよく目に入る。北十間川を渡ると江東区に入り『亀戸水神(かめいどすいじん)』駅。旧中川沿いに広がる運動公園の最寄り駅となっている。そこから2分ほどで終点の亀戸駅に到着。JR総武線との乗り換え駅ではあるが、亀戸線のホームは短く、屋根もがっしりしたつくりで歴史を感じさせる。5月に藤の花が咲き誇り、『くずもち』が名物の亀戸天神も近い。

東京メトロ 丸ノ内線方南町支線

1927年に最初の路線が開通した東京の地下鉄は、東京メトロ、都営地下鉄をあわせて、およそ300キロ。ロンドン、ニューヨークに次ぐ、世界3位の規模を誇る。その地下鉄網で銀座線についで2番目に古く、戦後では最初に開業したのが丸ノ内線だ。池袋から大手町、銀座、新宿を通り、荻窪までを結ぶ24キロほどの路線。途中の新宿付近では東京の地下鉄で一番、運行頻度が高くなるが、西側に行くにつれ地下ではあるがのんびりした雰囲気をまとってくるようになる。

新宿から2駅の『中野坂上(なかのさかうえ)』駅が今回注目する丸ノ内線の支線、通称“方南町支線”と呼ばれる支線の起点だ。全長3.2キロ、4駅のわずか7分という短い区間を、昼間は3両編成の短い電車が往復している。荻窪と池袋を結ぶ本線の上下線にはさまれた専用のホームから発車した支線は、3分ほどで最初の停車駅『中野新橋(なかのしんばし)』駅に到着する。地下ではおおよそ知る由もないが、神田川のほとりにある駅である。地上に出ると住宅街の真ん中で、近くには貴乃花親方で有名な貴乃花部屋もある。中野新橋駅から線路は西へと方向を変える。外が見えないのでよくはわからないが、レールと車輪がきしむ音が、急カーブであることを想像させる。およそ600メートルで『中野富士見町(なかのふじみちょう)』駅。ここには東京メトロの車庫と工場がある。もともと丸の内線の車庫のために作られた線路がこの区間なのである。丸ノ内線の車両はシルバーに赤いラインが入っているものだが、ときおり、検査や修理のためにシルバーにオレンジ色のラインが入った銀座線の車両も走ることがあり、鉄道ファンの目を喜ばせる。ちなみに、丸ノ内線と銀座線の車両が行き来するポイントは、両線が交差する赤坂見附駅にある。中野富士見町を出ると2分で『方南町(ほうなんちょう)』駅。環状7号線にさえぎられるようにできた終着駅だ。もちろん地下なので地図上でしかわからないが。方南町支線の駅は階段も狭く、入り口も住宅街や、生活道路沿いにポツンとあることが多い。おおよそ足元の地下を鉄道が走っているとは思えない区間であり、駅への入り口を探すこと自体が、宝探しのようで楽しい。

東急 世田谷線

いまや首都圏屈指の混雑路線として知られるようになった東急田園都市線。渋谷駅から2駅目の三軒茶屋を基点にしているのが、東急世田谷線だ。京王線の下高井戸駅までの全長5キロ、10駅をおよそ15分で結ぶ。その名のとおり世田谷区内だけを走る。

キャロットタワーと呼ばれる高層ビルの中に設けられた三軒茶屋駅を出ると『西太子堂(にしたいしどう)』駅。つづいて都内屈指のクルマの交通量がある環状7号線を大きな踏切で横切ると『若林(わかばやし)』駅に着く。世田谷区役所に近い『松陰神社前(しょういんじんじゃまえ)』駅を過ぎると、12月、1月にはボロ市の最寄り駅となる『世田谷(せたがや)』駅、『上町(かみまち)』駅。上町には世田谷線の車庫があり、小さな構内には2両編成の色とりどりの車両が休んでいる姿を目にすることができる。ちなみに世田谷線を走る電車はすべての編成で色が違う。10編成あるので全部で10色。沿線の学生が、乗った色の電車でその日の運勢を見定めるという話しも。上町を出ると線路は向きを変え北上する。『宮の坂(みやのさか)』駅、小田急線・豪徳寺駅との乗り換え駅になる『山下(やました)』と続く。世田谷区は今となっては住宅地だが、この路線が開通した昭和初期は一面、田畑だった。とくにこのあたりは水が乏しいこともあって、麦畑が広がっていたという。もちろんその面影は今はまったくない。『松原(まつばら)』駅をすぎると、再び西へ方向を変える急カーブを過ぎ『下高井戸(しもたかいど)』駅に到着。終点で京王線との乗換駅でもある。もともと二子玉川と渋谷駅を結ぶ、現・田園都市線の前身である路面電車の玉川線の支線として生まれたのがこの世田谷線だ。開通から85年。東京の支線の中でも、もっとも風景が変わった路線といえる。

テキスト 西澤史朗
※掲載されている情報は公開当時のものです。

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