2011年05月18日 (水) 掲載
2011年3月11日午後、東日本を襲った地震や津波により、東京電力・福島第1原子力発電所で事故が発生、放射性物質が漏れ出した。事故原子炉周辺からの8万人前後の長期避難者や広範囲におよぶ事業被害で損害賠償額は5兆円とも10兆円規模とも推測されている。
東電の稼ぎだけで巨額賠償を到底支払うことはできず、日本政府は5月13日、支援策を一応、とりまとめて公表した。しかし、その内容は信じられないもので、国民より、加害企業やその投資家、融資した銀行を守るものだった。
原子力損害賠償法では「異常に巨大な天災地変」なら東電は賠償を免責されるが、すぐ近くの福島第2原子力発電所などでは正常に冷温停止したことなどから、この免責条項には該当しないだろう。
賠償責任を負う加害企業の東電が稼ぎから補償できない以上、最善の対応策は資産売却である。2010年3月期の簿価で、東電の原発以外の火力などの発電設備は約1兆8000億円、送電網などの電力流通関連施設は約5兆4000億円。仮に流通網を簿価で売れば、補償金額が10兆円に膨らんだとしても、半分強をまかなえることになる。事故を起こした企業が被害補償の原資を「身を切って」捻出するのは至極、当たり前のことだ。
発電所などの資産売却により、これまで東電など電力会社の反対で実現しなかった発電・送電分離も実現する。電力市場の競争促進で、割高な日本の電力料金が引き下げられ、日本の産業界も助かることになる。
現在、日本では電力事業の地域独占がほぼ認められており、顧客は逃げられない。東電を破綻処理しても、その前後に事業価値が損なわれることはない。2010年1月に会社更生法手続きに入った日本航空には顧客を争うライバル企業が存在したが、そうでない東電は実は破綻処理しやすい。資産売却後に、破綻処理させて株主、金融債権者が本来の投資リスクをかぶり、最後に公的資金を投入するのが筋だろう。
福島第1原発の廃炉作業の費用が足りないというのであれば国が支援する他ない。事故が起きていない他の原子力発電施設とともに別組織に移し、一時国有化などすればいい。
しかし、政府の関係閣僚会合決定による東電支援策は同社の「組織と投資家などを守り、国民に負担リスクを回す」内容だった。具体的には特別法を設けて、原発事故を起こした、または今後、起こす事業者の補償を支援する新たな組織を創設する。新組織の“機構”には、東電を含む電力各社が“負担金”を出し政府も交付国債などを発行し、財政基盤とする。機構は事故を起こした東電に出資することなどで同社を債務超過にしないようにするほか、同社の社債などを買い取ることもできる。機構の支援を受け補償原資を確保する東電は、機構に“特別負担金”を納付し長期間かけて返済する――といった枠組みだ(i)。
政府支援策の問題は東電の発電部門などの資産売却をせずに東電の組織を温存することだ。上場維持などにより株式、社債への投資家や、融資債権を持つ金融機関も保護しながら、交付国債の機構への発行などにより納税者に負担をかける。さらに、負担金を拠出する他の電力会社の利用者に料金引き上げを強いる。東電やその社債などの投資家が安泰で、納税者、利用者が負担をかぶるという荒唐無稽の支援策である。
こうした批判に対し、枝野幸夫官房長官は5月13日の記者会見で、せめて、金融機関が原発事故の前に東電に融資したローン債権約2兆円の放棄がなければ、支援策に対して国民の理解が「得られることはないだろう」と格好良く述べた。事故後、邦銀は約2兆円を緊急融資した。
一方、東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏によると、政府支援策作りにかかわった経済産業省・資源エネルギー庁首脳は枝野発言を耳にして、こう漏らした(ii)。
「いまさら、そんなことを言うなら、これまでの私たちの苦労はいったい、なんだったのか。なんのためにこれを作ったのかという気分ですね」
この正直な官僚は、政府支援策が当初から、国民より、「東電の組織、株主、融資した銀行、社債権者を守る」ことを目標として練られたことを思わず、告白してしまったのだ。
2009年夏の衆議院選挙で自民党から政権を奪った民主党を軸とする政府は翌年1月、日本航空を透明・公正な手続きである会社更生法により破綻処理した。一方で、東電は不可解な手法で対応する方針だ。東電は日航以上に強い政治力を持つ。この差が、対応の違いを生んだ主因。政権を握ってから2年も経たない間に、民主党政権が「既得権を守る自民党的体質」に早くも染め上がったことも理由だ。
2年ほど前の衆議院選挙で、野党に転落した自民党の河野太郎衆議院議員は政府の東電支援策に対し、ブログで早々と有権者にこう訴えた(iii)。「リビアと違って、政府軍が銃撃してくることはありません。北朝鮮みたいにそのままどこかに連れて行かれて行方不明になることもありません。声を上げますか、それとも泣き寝入りですか」。与野党を問わず、河野氏のように東電に対し厳しいルールメーカーは珍しい。これが日本政治の惨状だ。
大地震後、日本人の助け合い精神や、避難者が整然と並んで支給物資を待つ姿が世界で称賛された。しかし、こんな政治の現状に黙っていては「従順すぎる日本人」として、世界中の笑いものになるだろう。日本人よ、怒れ!
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(i) 原子力発電所事故経済被害対応チーム・関係閣僚会合決定「東京電力福島原子力発電所事故に係る原
子力損害の賠償に関する政府の支援の枠組みについて」(2011/5/13)
www.meti.go.jp/earthquake/nuclear/pdf/songaibaisho_110513_01.pdf
(ii) 長谷川幸洋「「銀行は東電の債権放棄を」枝野発言に資源エネ庁長官が「オフレコ」で漏らした国民 より銀行、株主という本音「私たちの苦労はなんだったのか」とポツリ」現代ビジネス・2011年05月14日 gendai.ismedia.jp/articles/print/4911
(iii) www.taro.org/2011/04/post-987.php
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