The Hot Seat:伊藤穰一インタビュー

タイムアウト東京がMITメディアラボの新ディレクターに迫る

Read this in English
The Hot Seat:伊藤穰一インタビュー

イラストレーション: Haruna Nitadori. Original picture, Mizuka Ito

少年のような外見と、どこかヒッピーのような風情が漂うバックグラウンド(彼の“心の父”はサイケデリックな冒険家、ティモシー・リアリーだ)にも関わらず、伊藤穰一の取材は緊張を伴った。彼の説明によると、彼の大きな目標は「敷居を下げること」で、彼の世界と我々の世界をよりアクセスしやすくすることだそうだ。これほどまでに大きな影響力を持つ人物であるのに、そうでいることをあたかも簡単なことのようにこなしている彼に、尊敬の念を抱かずにはいられない。

1966年に京都で生まれた伊藤は、国際的な教育を受けた後、2つの大学を中退し、1985年、最初にオンラインで学習をした人々のひとりになった。あるサービスや出来事を“早期に体験する”のは後年も続き、今では様々な分野において“第一人者”として功績を残している。面白いことに、彼は日本の初期レイブシーンにも貢献しているのだ。

過去にはDJやナイトクラブのオーナーなど(本人によると「ペットショップで働いていた」そうだ)、多岐にわたる職種を経験したが、多くのインターネット関連企業や組織において、役員メンバーなり存在感を与えたことが、彼を国際的な表舞台に躍り出させた。伊藤は、クリエイティブ・コモンズ、テクノラティ、ICANN、Mozillaなどにおいて、クリエイティブな貢献をした。ネットベンチャーへの初期投資歴も豊富だ。投資リストには、Last.fm、フリッカー、ツイッターなどが並らび、リストはさらに長くなっている。

こうした業績を経て、伊藤は「ウェブにおいて最も影響のある人物」(2008年 ビジネスウィーク誌)の一人として選ばれるまでとなった。そして2011年4月下旬、彼はMIT(マサチューセッツ工科大学)メディアラボの新ディレクターに抜擢された。この人選は少なかれ議論を巻き起こしたが、伊藤はそれを少年のような高揚と共に語る。インタビューは緊張したが、やがて彼へのインタビューはテープレコーダーのスイッチを入れてあとはおとなしくしていればいいだけだということがわかった。まるで機関銃のように彼はひたすらしゃべり続けてくれた。

現在、ドバイ在住ですよね?

伊藤:そうです。月に一、二回は世界を回っています。

なぜドバイなのですか。

伊藤:中東のハブであるし、どちらかというと中立的だからです。北アフリカと中東は今後5年から10年、非常に興味深い場所です。できる限りそこで時間を過ごし、人間関係を構築して土地を理解しようとしているんです。

インターネットの検閲などが不便だとは思いませんか?

伊藤:インターネットをきっかけとした政府の転覆が世界で一番多いのはまぎれもなくこのエリアです(笑)。僕は常に変化している場所にいることが好きなんです。変化が始まった後にそこに行ってももう遅い。中東の変化の可能性は膨大で、200~300万人のアラブ語を母国語とする人々が生活し、平均年齢は20代です。ようやく世界に出回りつつある潤沢な資金もある。この土地が秘める可能性は計り知れないと思います。もし今、中国で何かをスタートさせようと思っても、あそこはすでに混みすぎている。中東に力を注ぐのは今だと思います。まぁ、わからないけれどね(笑)。だが何が起きるかわかっているのであれば、それはリスクとは呼べない。

現在、すでに何年も前から運営されているLinkedInに関わっておられますが、 なぜこのタイミングでの日本参入なのでしょうか?

伊藤:彼らは2007年から日本への参入を検討していて、我々、デジタルガレージはそれを支援してきた。2011年にようやく彼らは本腰を入れて国際的な戦略を立ち上げ、ようやく日本への参入を決定したんです。日本で何かをするには、日本にあったやり方でやる必要があります。それまでの期間、日本で同類の成功したサービスが登場しなかったのは幸運でした。競合がまだないのです。最たる競合相手はフェイスブックですが、 フェイスブックはカラオケの写真なんかをシェアしたりするところで、ビジネス上のやりとりがある場所ではありませんからね。

あなたは日本に早くからツイッターを導入させた人物ですね。そしてツイッターは日本で爆発的な成功を収めました。日本と海外で、ツイッターの使い方に違いはありますか?

伊藤:少し風変わりなものもありますが、最も大きな違いは制限を140バイトではなく140文字にしたことだと思います。日本語は英語よりも少ない文字数で多くを語れる。ということは、会話のトーンが変わります。日本では、ツイッターでエッセーを投稿する人もいるくらいですが、英語だと、同じ文字数でそれを行うことは難しい。ブログやタンブラーの使い方をみると、日本のコミュニティでの使われ方はアメリカとは大きく異なっているけれど、海外とそれほどは離れてはいないように思えます。“お気に入り”は日本ではアメリカより使われています。日本ではAPIを使って様々な種類のサービスが生まれていて、「なう」といった独自の言葉を生み出したりしてはいますが、それらは大きな違いではなく、面白いほどに、使われ方の共通点があります。

フェイスブックは日本でもツイッターのような成功を収めることができるでしょうか?

伊藤:フェイスブックはツイッターよりも複雑で、常に新機能が追加される。それは素晴らしいことだが、その分、ユーザーが理解するのが難しくなる。日本でも多くのハードコアなユーザーがフェイスブックの広がりと映画『ソーシャル・ネットワーク』に興奮しているが、根本的にフェイスブックは、複雑なサービスですね。今後も興味深いと思います。震災によってツイッターは日本の人々に浸透しましたが、それでも未経験者に使い方を教えるのは難しい。だが、インターフェイスはとてもシンプルだ。フェイスブックは既存のSNS市場にはかなり食い込むと思うが、ツイッターとはかなり異なる道を行くように思う。ツイッターはすでに領域を確立した。米国では大多数の人が両方を使っている。あまり憶測を広げたくはないが、日本での両者の違いは大きいので、日本ではフェイスブックはツイッターからユーザーを奪うようなことはないように思えます。

しかし世界のユーザーたちはフェイスブックの豊富な機能ををすぐに受け入れましたよね。日本のユーザーたちにはなぜそれができないと思いますか?

伊藤:いい質問ですね。日本でもフェイスブックを使う人は多い。mixi(ミクシィ)のようなサービスほど複雑ではないし。けれど日本の全ネットユーザーにおけるmixiのマーケットサイズはとても小さいでしょう。多くの人はmixiを使わない、その事からすると、ツイッターは、メールのような感覚で広がっていくと思う。ということは、両者は異なるものだということです。

あなたはブログでご自身を、大学を中退した“非公式な学生”と呼んでいますね。これはどういうことでしょうか?

伊藤:当時、メディア、音楽、ビデオゲーム、コンピューターといった、僕が興味を持った領域は僕が知る限り、学校では正式に教えてくれませんでした。僕の妹は博士号を2回も取得した超優等生です。もしあなたが長い視野でいま自分が何に興味を持ち、将来的に何をやりたいか見極めるためなら、通常の学校教育は優れていると思う。だが、僕は今も昔も、短期的なスパンで物事を見る。だいたいの軌道は見定めるけれど、計画を作るのは好きじゃない。「計画に従って」自分のモチベーションを高めるというやり方は、昔から自分には向いていなかった。学校の成績は、何かへのインセンティブとしては不十分に思えたし、僕は「この知識はロケットのモデルを打ち上げるのに役立つだろうか、それはすぐに応用できるか?」と考えるような子供だったから。

教科書や本からの一方的な教育で物事を学べる人もいるけれど、あれこれと工夫をしたり、実際に手で作ってみたり、人と話すといったインターアクションから学ぶタイプもいる。どちらかというと自分はそういう風に学ぶタイプだ。音楽について学びたかったときは、DJになったし、映画について学びたかったときは映画のセットで働いた。コンピューター・ネットワークに夢中になったのは幸運だったと思う。興味をもったものが、まさに学べる場所だったわけです。僕が大学に通っていた1984年、まだ学生にコンピューター・ネットワークが与えられていなかったけれど、大学のネットワークにログインして、プログラムを作っている人々と交流できた。僕にとっては最高の環境でしたね。多くの人にとって大学は様々なものごとを学べる場所ですから、大学を中退することは勧めない。自分の興味の範囲と、性格によるところが大きいます。

日本の教育システムは、次世代の伊藤穰一を生み出すには適した環境だと言えるでしょうか?

伊藤:日本はあまりよい仕事をしていないと思います。僕が『西町インターナショナルスクール』の運営に関わっているのもそのためです。理由はいくつかあるけれど、日本のマーケットは十分に大きいので世界を無視してもそこそこにやっていける。少なくとも過去はそうだった。大企業は東京に拠点を構築することを中心にしました。内向きにフォーカスしているマーケットや企業には、そうすることが当然だったから。しかし、日本経済は縮小傾向にある。国際的な関係性が減少傾向にある現在の日本では、国際的かつグローバルであることは今までになく重要になってきている。

昔は国際関係といえば、商社や貿易会社にまかせっきりだった。それでも、彼らが利益を生んで、その配分も貰えた。自分たちで日本という企業を作り上げ、その中だけでお金をまわすからくりをまわすことができていた。国内生産とGDPは確かに存在しているけれど、日本だけに向けた会社は効率的ではありません。日本の企業は変化に直面していると思う。教育と企業文化のふたつはとても基本的なものなので、そう簡単に変えることは難しいでしょう。だが変化は必要です。成功するかどうかはわかりません。時間は限られていますからね。

不吉な宣言ですね!(さらに不吉に笑う)メディアラボの新ディレクターに任命されたとき、中世の巡礼者が大聖堂に入っていくような気分で、そういった場所には適していないと書かれていますね。なぜそう思ったのですか?あなたには最適な環境だと思うのですが。

伊藤:サンティアゴ大聖堂のような古い大聖堂に行ったことはありますか?あまりにも壮大すぎて、思わずひざまずいて神に祈りを捧げてしまうでしょう!メディアラボはそれに似ている。建物は立派だし、中に入ればまばゆいばかりの白い吹き抜けやロボット、人間、日光が光り輝いていて、まるで未来に来たかのように思えてしまう(笑)。あまりにも立派すぎて気が引けてしまう。でも人と話していて気づくのは、彼らは非常に優秀であると同時に地に足がついていて、「何かをやってみましょう!」という気質にあふれている。決して浮世離れした世界ではないんです。

ラボを去る日が来るまで、どのような業績を残したいですか?

伊藤:メディアラボは素晴らしい機関としてすでに存在を知られていますが、僕はもっと広く人々が来れる場所にしたいと思っています。遠い場所にある要塞ではなく、誰もがどこかで接点がある、プラットフォームのような場所にしたいと思っています。 TEDの映像は今では多くの人が見て、人々の話題にのぼるようになりましたよね。でも昔は、どこか成功したお金持ちたちの遠い世界のことで、実際になにが行なわれているかはよくわからなかった。だから僕はメディアラボも敷居を下げて、より多くの人が交流して行き来できる場所になればと願っています。多様性を増やしていきたいと思っています。

それと、メディアラボに関わるスポンサーや団体たちが、もっと多くのNPOやソーシャル企業、異なる施設とつながるようになればと願っています。中東、アフリカ、日本というように、地理的な多様性も増えればよいと思っています。日本はすでに関係性を持っているが、一部の分野の大企業の窓口からのみです。来週、トーキョー・ハッカースペースの人たちをメディアラボに招待するんです。日本の草の根の人たちの想像力とメディアラボが繋がって欲しいと思っているからです。僕自身の思考も草の根派で大衆主義なので、メディアラボに少しでもそうした影響を及ぼせたらと思っています。メディアラボはこれまでにとりわけデジタル、最近ではライフサイエンスの分野で認知されてきましたが、他にも研究すべきエリアはたくさんある。僕がどれだけ長くここに在籍するかにもよりますが、シリコンバレーとのつながりはもっと強くなるべきだと思うし、世界の他のエリアとも…(息がつきたかのように)たぶん、まとめると、メディアラボをもっとアクセスしやすいプラットフォームにし、関わる人や場所も多様性に富んだものにしたいと思います。

やることがたくさんありますね…

伊藤:そうですね!(笑)書類は山積みになっているけれど、おそらく秋頃には開始されると思います。実用的な目的のために、僕はこの命名を受けたし、毎月、メディアラボにいる。すでにメディアラボのスタッフたちとはかなりの時間を一緒に過ごしてきています。メールアドレスも電話も準備できました。今はまだボランティアのようなものですが(笑)。


伊藤穰一の“さらなる冒険”は彼のブログで:joi.ito.com/jp/

By ジョン・ウィルクス
※掲載されている情報は公開当時のものです。

タグ:

この記事へのつぶやき

コメント

Copyright © 2014 Time Out Tokyo