2013年03月01日 (金) 掲載
「オナニーの未来が、やってきた」とのまぶしいコンセプトを前面に掲げ、従来のアダルトグッズにまつわる後ろめたいイメージを覆すことに成功したTENGA。同社が2013年1月に、女性向けセルフケアグッズ『iroha』の発売をアナウンスしたことは記憶にも新しい。その後、タイムアウト東京ブログでも新商品の詳細についてレポートしてきたが、発売開始を前に改めて開発チームメンバーの渡辺裕子(以下、渡辺)と伊藤しずか(以下、伊藤)の両名に話を聞いた。
irohaを支える3つのコンセプト
創業当時から女性向け商品を意識していたというTENGAだが、会社設立から6年を迎える年に、代表取締役である松本光一からのミッションを受けて女性向けグッズの開発チームが発足。すでに男性向けラインがかなりの成功を収めていたこともあり、新たに立ち上がったチームへの社内全体からの期待とプレッシャーはかなりのものだった。
リサーチと市場調査を行い、ヨーロッパやアメリカなど、すでに女性向けアダルトグッズの市場が確立されている国の商品と、日本国内で流通している既存のグッズを収集し、分析を開始。そこから見えてきた3つのポイントは、まず「女性にとって心地よく使える商品」であること。そして、デザインと機能性に優れてはいても、高いものだと3万円もするような海外のグッズとは違う「現実的な価格帯」であること。そして、日本人女性にとって親しみやすく、海外、国内どちらの既存品にもないような、「和のテイストを取り入れた色味やデザイン」を突き詰めることだった。「日本にもバイブレーターなどのグッズを使っている層がいるにはいるのですが、やはりまだ少数派なんです。そこをターゲットにするよりも、ごく一般的な女性たち、いわゆるアダルトグッズ初心者や、興味はあっても手を出せずにいた層に向けて、きちんとした製品を届けたかったのです」(渡辺)
市場調査の次に取り組んだのが、ターゲットとなる女性たちへのヒアリング。20代〜39歳までの女性を対象に、のべ2,000人に意見を聞いたというが、ある意味ここが最も難航した行程だった。なぜなら、ほとんどの女性はマスターベーションについて話すことに抵抗を感じるからだ。意識するしないに関わらず、そこにはどうしても“自分の欲求不満さを認める”ようなイメージがついてまわる。「セックスの話だと、彼氏がこうしてくれてねという感じでさらっと話せても、マスターベーションに関しては完全に自分が主体になるので、自身の欲求について他人に話すことに抵抗があるんですよね」(渡辺)
それゆえ、リサーチには苦労が多かった。ネットでのアンケート、座談会形式などさまざまな形で意見を聞いてはみたたものの、他の人がいる場ではなかなか本音が出せないという女性ならではの感覚に気づいてからは、「ちょっとお茶でもしようよ」と友人や知人を誘い、「でさ、マスターベーションってする?」というように、一人一人と向き合って話を直接聞いていった。「男性については、“マスターベーションするのが当たり前”という共通理解が社会全体にあると思うのですが、女性はそうではないんですよね。身体構造的に射精の必要性がないということもありますが、なんとなく暗黙の了解といった扱いになってると思うんです」(渡辺)
irohaにとっては、オナニーやマスターベーションという言葉が持つ、医学用語的で性欲処理に直結するイメージを払拭することがまず第一に不可欠と捉え、“セルフケア”という概念を前面に出した。髪を洗ったり、自分のボディケアをすることの延長線上にマスターベーションがあるのだという位置づけ。これがirohaならではのスタンスであり、既存のTENGAと大きく異なる点でもある。「まずは初心者層からこの感覚を広めていき、女性の目線で作られたきちんとしたグッズがあるということを、広く女性たちに伝えることが大切であると考えるようになったんです」(渡辺・伊藤)
理想を形にするためにぶち当たった壁
こうしたコンセプトを明確にし、いざ実際に商品化を進め始めてからも、開発は一筋縄ではいかなかった。まず、やわらかな質感を表現するという大きな壁があった。「持った時に自分の手になじむような、自然にフィットするような質感とサイズを重視しました。肉感というか、温もりのようなものを大切にしたかったんですよね。海外製品にはメーカー保証付きだったりとサービスが行き届いているものが多いのですが、肌に当てると冷たさや硬さを感じたりする。そういう細かい部分を補いたかった」(渡辺)というが、理想のテクスチャーを実現できる素材探しは難航を極め、いったんはプロジェクトそのものが保留になったほど。
その打開策となったのが、企業秘密の新素材だ。「TENGAのファンだという国内の素材メーカーからたまたま提案された新素材と出会えたことで、ぷにぷに、もちもちとした今までにないテクスチャーを表現できるようになったんです」(渡辺)。この新素材でモーターを包み、表面は滑らかな質感のシリコンでくるむというプロセスは、まるで和菓子づくりを思わせる。
女性の手のひらに収まるサイズ感も開発部がこだわった部分
これに加えて、機能性の鍵を握るモーターにも苦心したという。動作音が従来のアダルトグッズよりはるかに小さいところがirohaの大きな特徴で、個人的な感覚を書くと、いわゆる世間一般に流通しているグッズの半分以下の音ではないかという印象を受けた。「TENGAではこれまで電動アイテムを手がけたことがなかったため、この分野に関しては新たに社外からプロを招き入れました。それまでは別のフィールドにいた方だったので、入社当時はいろいろととまどっておられましたが(笑)」とにこやかに話してくれた開発チームだが、試作の途中でメンバーがそれぞれプロトタイプを家に持ち帰り、テストを行うというプロセスもひとつの試練だったという。
「当時のものはまだ音が大きかったりもして、使っていてちょっと心が折れそうになったこともあります(笑)。一度に3〜4個商品を持ち帰った時など、マスターベーションを強いられているような気分になったりもしましたね」と、その心のうちを明かしてくれた。また、せっかくのモーターの振動は、本体が軽すぎると適度な振動が伝わらず、重すぎると使い心地に影響してしまう。このバランス調整にも試行錯誤が求められ、幾度も試作を重ねた。最終的には、社内の女性社員や男性社員のパートナーにも使ってもらい、ユーザー目線の率直な感想を吸い上げたというが、これによりリアルな女性目線を盛り込んだ商品が形となって実を結んだ。「開発チーム内だと、音とか素材といった部分にどうしても目がいってしまうのですが、一般職の社員をはじめ普通のユーザー目線だからこそ気づく点、たとえば長いネイルでも指先だけで操作しやすいボタンの設計など、私たちだけでは見落としていた点もあったと思います。細かいけれどすごく大切な改善点が見えてきました」
するのも自然だし、しないことも自然
性を表通りのものにという前向きかつ明確なコンセプトが、男性向けグッズを展開するTENGAのフィロソフィーだ。しかし、irohaのコンセプトは根っこの部分はTENGAと同じでも、それとは少し異なる点がある。異なるというか、少し温度差があるという表現がいいだろう。irohaに込められたメッセージは、諸手を挙げて女性のオナニー礼賛というスタンスではない。だが、irohaには既存の女性向けアダルトグッズとは明らかに一線を画す、明確なコンセプトがある。それは、女性が抱いてきた性に対する後ろめたさ、言葉にしづらい呪縛のようなものを取り去りたいという、控えめでありながら前向きな姿勢だ。
こうした精神的、根本的な部分から取り組んでいかなくなてはならなかったということが、iroha開発における一番の肝だったと言えるだろう。「みんなが開けっぴろげにマスターベーションについて話す社会になればいいと考えているのではなく、するかどうか迷っているのであれば、そこにある障壁のようなものを取り去る手助けをする。することも自然だし、逆にしないことも自然なんだと考えられるのが当たり前な世の中になればいいなと思っています」(伊藤)というメンバーの思いは、irohaに十分に表現されているように思える。取材を通じて興味深く感じたのは、声高にマスターベーションについて語りたいわけではないという開発チームの微妙なスタンスに対して、「え、女性も(オープンに)マスターベーション楽しめばいいじゃん!」という男性社員からの声があったという点。「はっきりと言葉では言い表せない部分、それこそが“女性”なのではないかと思う」という2人のコメントに、irohaターゲットユーザー層にぴたりとはまる筆者は深くうなずいた次第だ。
海外展開と、今後の課題
さて、2013年3月3日に発売開始となるirohaだが、リサーチの結果ほとんどの女性がこうしたセルフケアグッズを購入するのはインターネットが中心との結果をふまえ、当面ネット販売が中心となるそうだが、やはり実際に触ってみたいというのが本心だ。そんな人には、本郷にある『LOVE PEACE CLUB』ショールームと、渋谷のバー『LOVE JOUR』であれば、店頭で実物に触れることが可能であることを付記しておく。
また、気になる今後の展開について聞いてみたところ、4月を目処にヨーロッパとアメリカを中心に10ヶ国での販売が決定しており、「欧米では、いわゆるバイブレーターなどの挿入系グッズがメインストリームなんですね。それでも、新素材によるもちもちとしたこの質感は、今までにないものだと非常に高評価をいただいています。また、デザインについても、和菓子のようでかわいいと好感触です」(伊藤)とのことで、ヨーロッパ国内でのセックスコンベンションへの出展も決定した。
さらに、将来的には新デザインやアイテム数の増加も予定しているとのことで、「今はまだ具体的なことは言えませんが、より手軽なものや、よりハイエンド商品といったラインナップを充実させたいですね」(渡辺)と話してくれたが、「あまり生々しい形状というのは避けたいんです。生身の人間とは違う良さという点を訴求するのはアリだと思いますが、TENGAとしてはマスターベーションはセックスの代用品ではないと考えているので、近づきすぎてもダメだし、離れすぎてもダメなんです」と、このあたりの兼ね合いを今後の課題と捉えている。日本と世界の女性がirohaをどう迎え入れるか、今後も目を離せない。
ゆきだるまは先端部を挿入できるタイプ。いずれのモデルも充電器はUSB対応で、1年間のメーカー保証がつく
重箱をイメージしたパッケージもまた和菓子を彷彿とさせる。上に本体とケース、下に充電コードが入る。封を開ける楽しみも商品の魅力のひとつと考えたデザインが秀逸
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