Stadium design by Zaha Hadid Architects
2015年08月07日 (金) 掲載
2015年7月17日、安倍晋三首相は世界に向けて語った。「2020年東京オリンピック・パラリンピックの会場となる新しい国立競技場の現行案を白紙に戻し、ゼロから取り組み直す」と。競技場のデザインと費用については3年近くにわたって非難されてきたが、今回の声明は、世間を驚かせただけでなく、その決定を公式に伝えられることなく、ニュースで初めて知ったザハ・ハディド・アーキテクツのデザイナーたちを困惑させることとなった。事務所側は、彼らの設計した競技場の建築が、10月には開始される見込みであり、旧国立競技場の取り壊しが5月に行われたことからも、物事が予定通りに進むものと考えていたのだ。
飾りたてたデザインが、予算を1,300億円から2,520億円にまで押し上げたのだと、政府が新たな非難をする中で、ザハ・ハディド・アーキテクツは7月28日に「事実関係をはっきりさせるため」の声明を発表した。ワールドラグビーもまた意気消沈している。ゼロからやり直すということは、競技場が2019年のラグビーワールドカップに間に合わないことを意味するからだ。ワールドラグビーの広報担当者は、新しい競技場で大会を行えるということを何度も言い聞かされていただけに、団体は「大いに失望した」と話した。
その間にも、メディアと世論が突然の決定の裏に隠された本当の理由は何なのかを探ろうとする騒ぎは広がり、ザハ派と日本派のような対立を招いた。一方には(日本の著名な建築家たちによって様々な呼び名で罵られてきた)デザインこそが、費用を2倍近くにまで押し上げた原因だと主張する人々がいて、ただし、2012年に行われたコンペティションの審査委員会の委員長を務めていた安藤忠雄が、現在でも確固としてザハ派のひとりであることは注目するべきだろう。彼は「ハディド氏のデザインを破棄すれば、国際的な信用を失うことになるだろう」と発言している。他方には、費用の急激な増加は当然のことであり、大規模な建設事業のほとんどを1つの請負業者が監督する日本の土木業界では、これは当たり前のことなのだと説明する人々がいる。そして、2020年東京オリンピック組織委員長である森喜朗が会見を開き、どう見ても筋の通らないスピーチを行うとますます状況は、泥沼に陥っていった。
私たちは、より確かな情報を得るために、2012年にザハ案が選出されたときからザハ・ハディド・アーキテクツでプロジェクトディレクターを務めてきたジム・ヘヴェリンに話を聞いた。
ー日本政府がそちらのデザインを破棄し、さらにはその通知もしてこなかったとなれば、その決定について聞いた時にはとても驚いたのではないですか。
ええ、とてもショックでした。私たちだけでなく日本のほかの組織にとってもです。ほんの1週間前に、すべてが取りやめになってしまったのです。なぜこんなにも突然にひっくり返されてしまったのか全然分かりませんでした。現在までに、私たちは見直しが行われるのだということしか聞いていません。見直しを行うことには賛成です。ですが、政府は事前に勝手に解決策を決めるのではなく、すべての選択肢を可能性として残しておくようにするべきです。
ーザハ・ハディド・アーキテクツは2012年にコンペティションにて採用されました。ですがそれ以降は、事務所はどちらかといえば監督的な立場にありましたよね。どのように物事が進んでいたのか教えていただけますか?
コンペティションが2012年に開かれたときに、採用された者には監督をする権利が与えられること、そして日本からの建築業者や土建業者に限定された入札があるということが明示されていました。プロジェクトは現在、日建設計などの日本の4つの巨大な建設設計会社による合同事業となっており、デザインや費用の試算を進展させていくのは彼らの責任です。私たちの責任は彼らの仕事をチェックすることなのです。
ーそれでは当初の案を実現させるのは、特に費用の面において難しくなるのではないですか?
いいえ。私たちはイギリスに拠点を置いており、日本の市場についても限られた理解しかないので、日本の建築業者を使うのは理にかなっています。しかし、今回のように、インフラを建設するとき、特にスポーツ用の施設においては、費用が跳ね上がってしまうことがあるというのは世界共通の現象なのです。私たちは過去にもほかのオリンピックで同じことを直接経験しているので、建設市場がどのように反応するかを事前に予測することの難しさを知っています。2,520億円という費用の試算は案件に関わる2つの土木業者から提供されたものです。これが本来の1,300億円という費用と違う数字になっているのは、本来の予算には政府による公費が使われていたことや、またインフレーションや競技場建設にかかる費用を市場が要求していることなどが原因です。本質的に、最終的な費用を決めるのは経済の連鎖なのです。
私たちはいつでもコストを削減するためにデザインを変更する用意ができていました。私たちは、すでに一度こうしたことを行っていますし、当初案の縮小化に注力しました。当初案は、29万m²に対してのものでした。私たちはここから3分の1を削って22万m²にまで削減したのです。私たちは競技場についてのほかの選択肢についても話し合いましたが、提案の多くは、クライアントには聞き入れてもらえませんでした。
ーあなたたちのオリジナルのデザインは、日本の建築家たちから手厳しい批判を浴びせられています。これらの批判の中には正当性のあるものがあると思いますか?
基本的にはないと思います。例えば、建設予定地について考えてみましょう。予定地の選択は政府とJSC(日本スポーツ振興センター)によって行われたものであり、それは私たちが関わるよりもずっと前のことでした。それまでの入札では東京湾のエリアが注目されていたのですが、東京の中心で、昔の記憶を新しい記憶と入れ替えるというアイデアへと立ち戻ったのです。私たちもこの方がそのエリアのビジネスを支援したり、将来的な活用という面で良いものだということを理解しています。
外苑の周辺が神聖なエリアであるということについての懸念に関して言えば、そもそもそのエリア全体は長い時間をかけて発展してきたものでありますし、もはや神聖な行事のためのみに使われているわけではありません。今ではスポーツ用の施設でいっぱいになっています。競技場が明治神宮を破壊したりするようなことは決してありえません。競技場はすでにあるスポーツ活動の中心をサポートするものなのです。競技場のスケールに関しては、クライアントの要望に直接的に関係するものであり、FIFAなどの大きなスポーツイベントの入札においても役立つものとなっています。
批判はフェアではなく、その言い方も悪く、概して建築をサポートするようなものではありません。彼らは社会全体に利益をもたらすという、建築の全体的な目的ではなく、表面的なところに目をつけているだけなのです。私は彼らが自分たちの本当の目的を明かすべきだと考えています。だって、今回の件に関して、彼らは事態を前向きに進める何かをしましたか?
ーなるほど。では、新しいデザインならばこの段階においても本当に費用を下げることができるのですか?
もちろんです。1,300億円や1,500億円といった数字は、特に現在のようなインフレ相場においては現実的ではありません。ロンドンではとても平凡な競技場に1,500億円を支払いましたが、これには多くの批判がされました。その競技場は後世に残すものとして相応しいものではなく、サッカー向けの競技場にする際に追加で行った改築にも多くの費用がかかりました。長期的な利用を目的としていなければ、競技場のデザインには常に欠点が伴うでしょう。もし彼らが今、デザインを完全に変えることに着目しているならば、競技場を平凡なものにするというリスクを背負うことになります。
ー解決策としてどのようなことを提案しますか?
私たちはこれまでの経験から、初めからやり直すよりも、すでにあるものを使って作業をしたほうがいいということを知っています。私たちは現在のデザインを変更して低いコストにすることができると今でも考えています。2,000億円くらいにはできるでしょう。企画書のうちいくつかは変更可能なものもありますが、重要ないくつかの部分はそのまま残す必要があります。
ー首相に再検討するように手紙を書いたのですよね。返事は受け取りましたか?
いいえ。今はまだ待っています。
London-based Zaha Hadid Architects has created 950 projects around the world. Zaha Hadid is one of the world's most renowned architects and was the first woman to be awarded the Pritzker Architecture Prize in 2004 for the Bridge Pavilion in Spain.
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